海外の治療とどう違うの?
-心不全-

知る
2024.02.21

日本の心不全治療、ヨーロッパと違うところはある?

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信州大学医学部 循環器内科学教室 助教 南澤 匡俊 (Minamisawa, Masatoshi)
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信州大学医学部 循環器内科学教室 教授 桑原 宏一郎 (Kuwahara, Koichiro)
目次

     ヨーロッパの心不全患者さん向け資料の翻訳版を作成しました。是非、日本の心不全患者さんをはじめ、一般市民の方にも読んでいただければと思います。「心不全? 海外の資料?」と思われる方もいるかもしれません。しかし、日本では超高齢社会の到来に伴い、心不全患者さん、特に高齢者の心不全患者さんが急増しており、2030年には心不全患者数が130万人にも達すると推定されています。こうした心不全患者の増加は海外でも同様であり、感染症の世界的な大流行になぞらえて「心不全パンデミック」と呼ばれてもいます。このようなことから、患者さん、そのご家族、一般市民の方にこの心不全という病気を知り、理解していただくことが大切であると強く考えています。そこで今回、ヨーロッパ心臓病学会で作成された心不全患者さん向けの最新資料を翻訳した資料を作成しました。本資料で心不全とはどのようなもので、どのように治療するかということを学んでいただくと同時に、日本の心不全の治療に関して海外と違う点なども知る機会となれば幸いです。
    以下に代表的なヨーロッパと日本の心不全ガイドラインの相違点をピックアップしています。

    表紙

    診療ガイドラインとは

    心不全とは

    心不全の診断

    解説「遺伝的原因による心不全」に関して

    本邦では肥大型心筋症と一部の二次性心筋症のみに遺伝子検査が保険適応となっており、拡張型心筋症に対しては保険適応外です。

    心不全の治療

    解説「HFrEF患者の薬物治療」に関して

    1. ARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬):ヨーロッパではHFrEFに対する治療薬としてはACE-I(アンジオテンシン変換酵素阻害薬)、ARNI(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)よりも弱い推奨度ですが、本邦ではACE-Iが空咳などで忍容性がなければ、同じ推奨度で治療薬として推奨されています。
    2. ARNI: 心不全治療薬として新しく登場したARNIに関しては、本邦の心不全ガイドラインではACE-I/ARB含めた他の2種類(β遮断薬と鉱質コルチコイド受容体拮抗薬;MRA)で既に治療されているにも関わらず、十分な心不全兆候の改善が得られない場合にACE-I/ARBからの切り替えを考慮することを強く推奨しています。ACE-I/ARB未使用での新規ARNI導入は保険適応外となっております。
    3. SGLT2阻害薬(ナトリウム・グルコース共輸送体2阻害薬):ヨーロッパではHFrEFに対する4種類の基本治療薬の一つとして位置付けされていますが、本邦の心不全ガイドラインでは他の3種類(ACE-I/ARB, β遮断薬, およびMRA)にて治療されているにも関わらず心不全症状の改善が不十分な慢性心不全に対して推奨され、保険適応上も標準的な心不全治療を受けている心不全患者に限り使用することとされております。

    解説「HFmrEF患者の薬物治療」に関して

    一部の患者さんは、HFrEFの病態の特徴を有しており、HFrEFの治療薬がHFmrEF患者にも効果があるとされています。ヨーロッパ、本邦ともに個々の病態、背景に応じ治療薬を判断するとしています。

    解説「HFpEF患者向けの薬物治療」に関して

    HFpEF患者は多くの併存症を有しており、本邦のガイドラインでも基礎疾患の治療、利尿剤によるうっ血症状の緩和に加えて、心不全の悪化につながる併存症(高血圧症であれば血圧管理など)に対する治療が推奨されています。

    解説「他の疾患を伴う心不全の管理」に関して

    1. 心房細動 ヨーロッパでは頻脈性心房細動に対する心拍数管理にβ遮断薬やジギタリスの使用を同程度の推奨レベルで推奨しておりますが、本邦ではβ遮断薬(HFrEF患者では特に)を中心に使用することが推奨されており、心拍数調節を目的とした長期にわたるジギタリス使用は推奨されていません。
    2. 鉄剤 ヨーロッパでは貧血の有無に関わらず鉄欠乏に対して静注鉄製剤による鉄補充がLVEF45%未満の慢性心不全患者に症状などの改善のために、また最近の入院歴のあるLVEF50%未満の心不全患者に心不全再入院抑制に効果があるとして推奨されています。一方、本邦では鉄剤は鉄欠乏性貧血に対して保険適応となっており、基本的には経口鉄剤の投与から考慮することになりますが、鉄欠乏を有する心不全に対する経口鉄剤の心不全改善効果は明らかでないことから、日本の心不全ガイドラインでは鉄欠乏性貧血合併心不全に対する経口鉄剤の使用は推奨していません。

    心不全のための医療機器と外科手術

    心不全患者の生活習慣改善

    心不全の管理とモニタリング

    解説「心不全の管理とモニタリング」に関して

    本邦ではペースメーカーなどの埋め込み型心臓電気デバイス患者に一部遠隔モニタリングが保険適応となっており、本邦の心不全ガイドラインでもその利用を推奨していますが(クラスIIa)、患者さんから医療者に生体情報を送るテレモニタリングに関しては保険適応となっておりません。 今後、心不全患者のセルフケアの向上を目的としたアプリの開発やIoT医療機器を用いたテレモニタリングによる循環器疾患の予防・治療がますます求められていくものと考えられます。

    おわりに

     ヨーロッパ、本邦ともに共通していることは、心不全の治療には多職種によるチーム医療の充実、多様な併存疾患への介入など心不全患者に対する包括的な取り組みが重要であることが強調されている点です。是非、患者さん、そのご家族、一般市民の方々に本資料をご一読していただきたく存じます。皆さまが心不全を抱えながらも健やかにかつ安心して地域で生活が出来る社会を実現できることを切に願っております。

    著作権

    本資料の著作権はEuropean Society of Cardiologyにあります。

    免責条項

    以下の資料は、2021年8月27日に公開され、2021年10月14日に改定された急性・慢性心不全管理に関するESC診療ガイドライン(欧州心臓病学会ジャーナル2021年 – doi:10.1093/eurheartj/ehab368)の翻案です。
    著作権© 欧州心臓病学会 2022年 – 無断複写・複製・転載禁止
    本資料は、個人の教育目的に限り公開されています。営利目的の使用は認められていません。本ガイドラインのいかなる部分も、ESCの書面による許可なしに翻訳または複製することはできません。以下に書面にて請求することにより、許可を得ることができます。
    住所:ESC, Practice Guidelines Department, Les Templiers – 2035, Route des Colles – CS 80179 Biot – 06903 Sophia Antipolis Cedex – France
    Emailアドレス: guidelines@escardio.org
    本資料は、患者および介護者を支援するものとしてESCガイドラインから作成されました。本文書はESCの見解を表しており、発表時に入手可能な科学・医学知識や証拠を慎重に検討して作成されました。ESCは、とりわけ医療または治療計画の効果的な使い方に関する、ESCガイドラインと関連する公衆衛生当局が発行したその他の公的提言またはガイドラインとの矛盾、相違点または曖昧性に対して責任を負いません。患者のケア内容について判断する際の診療ガイドラインの役割や医療従事者の個々の責任詳細については、ガイドライン原文の前文を参照してください。

    完全版英文のご紹介

    患者向けの本ガイドは、急性・慢性心不全の診断・治療のためのESC診療ガイドラインの簡易版です。
    ガイドライン完全版は英文にて、ESCウェブサイト(https://www.escardio.org/Guidelines/Clinical-Practice-Guidelines/Acute-and-Chronic-Heart-Failure)から入手可能です。

    患者向け英文資料のご紹介

    英文版患者向けの本ガイドは、ESCウェブサイト(https://www.escardio.org/static-file/Escardio/Guidelines/Documents/ESC-heart-failure-patient-guidelines-update-2023.pdf)から入手可能です。

    ESC診療ガイドラインのご紹介

    心不全、その診断・治療および本ガイドラインで使用される用語について詳細を知りたい場合には、まずHeart Failure Mattersウェブサイト(https://www.heartfailurematters.org/)を参照してください。同サイトには、心不全やその治療に使用される医薬品に関する詳細を10言語で記載しています。

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