運動は循環器病にどのような効果があるのでしょう
運動は身体に良いと言われていますね。
でも、いったい何がどのように良いのでしょう?
運動習慣のある人はさまざまな面で健康のメリットがあるといわれています。たとえば、体力がついたり怪我を予防できたり、さらには見た目の若々しさといったものもあるかもしれません。しかし、適度な運動習慣が循環器病を予防し、さらに寿命を延ばす効果があることも忘れてはいけません。この効果のメカニズムは適度な運動が循環器病、とりわけ心筋梗塞のリスク要因を減らしてくれることが理由です。そのリスク(「冠動脈危険因子」とも呼ばれます)とは次のようなものです。
運動によって改善する冠動脈危険因子
血圧
血糖値
肥満(体重と内臓脂肪)
悪玉コレステロール(LDL)と善玉コレステロール(HDL)のバランス
その他(慢性炎症、血管内皮機能、自律神経のバランス)
このように適度で定期的な運動は、心筋梗塞の原因である動脈硬化の危険因子を減らし、血管のしなやかさを保つことで全身の血のめぐりを改善してくれるため、健康的な生活の土台となります。そしてもう一つ、大事な健康上のメリットが筋肉(骨格筋)の代謝改善です。
ご存じの通り、運動をすれば筋肉は発達します。この発達した筋肉はエネルギー消費の増大につながるため太りにくい体質になります(エネルギー需給バランスの改善)。また、発達した筋肉は糖を積極的に取り込みます。このため血糖値は低下し、耐糖能は改善します。つまり、筋肉が発達した結果、効率的にエネルギーを消費できるようになり、結果として全身の、とりわけ心血管系の健康を保つことにつながるのです。
それでは運動をしないとどうなるのでしょうか?
上記と逆のことがおきますね。つまり、動脈硬化はすすみ血圧は上昇、上手にエネルギーを消費することができないため、血糖コントロール、コレステロールのバランスも崩れ、心臓にも負担がかかってきます。さらに、普段から動かない体であればあるほど、疲れやすくなるため、さらに運動から遠ざかってしまう悪循環が始まるのです。
以上をまとめると運動の効果とは次のようになります。
適度で定期的な運動
→ 血管と筋肉の質の改善
→ 全身の血流と代謝の改善
→ 心筋梗塞の予防
運動の大切さがわかりましたか?
それではつぎに効果的な運動について具体的に学んでみましょう。
運動で質の良い血管と筋肉を作る
循環器病を予防するための効果的な運動とは?
運動はレクリエーションのための軽い運動から長距離を走り続けるような持久運動、そして競技スポーツまで、さまざまです。さて、このような多様な運動方法の中で、どのような運動が循環器病の予防に最も適しているのでしょうか?
結論から言うと、「(勤務時間ではなく)余暇時間に行う、軽いあるいは中くらいの有酸素運動」が最も健康的で、循環器病の予防に適しています。
それでは、持久走や激しい肉体労働(仕事関連の身体活動)はどうでしょう?いずれも運動に変わりはないのですが、持久運動は突然死や冠動脈石灰化などの異常をきたす人が一定数出現することが報告され1)、また、激しい肉体労働は死亡率を上昇させることが報告されています2)。さらに、勝利や記録更新を目的とした競技スポーツにおいては、自身でコントロールできない大きな負荷が急激に心血管系にかかることから、「隠れ心臓病(本人がまだ気づいていない心臓病)」の人にとっては心臓突然死の原因になるといわれています。
このように、「運動であればなんでも健康に良い」というわけではありません。場合によっては命を危険にさらすことになります。自身の体と相談しながら運動をする必要があるため、かかりつけ医がいるようでしたらまずは医師に相談してみましょう。
アメリカ心臓協会がまとめたガイドラインには定期的にどの程度の運動をしたらよいのかが具体的に記載されています。たとえば、一番効果的な運動として次の2つの方法が推奨されています。
① 「中くらいの強度の有酸素運動を週に150分」
② 「高強度の有酸素運動を週に75分」
註:①、②はそれぞれ下記のような運動のことです。
早足のウォーキングや自転車こぎ、動きのあるヨガや水泳など
ジョギングやランニング、速いスピードの自転車こぎ、テニスのシングルス、競泳など
有酸素運動とは、大きな筋肉(大胸筋、広背筋、大腿四頭筋、腹直筋、大殿筋、脊柱起立筋)を用いるリズミカルな動きの運動を一定時間、持続的にできる運動のことをいいます。おおよそ20~60分程度の運動が望ましいとされています。
「週に150分」という場合、さまざまな運動パターンが思いつきます。「25分 ×1回/日 ×6日」や「50分 × 1回/日 × 3日」、「15分× 2回/日 × 5日」などの運動パターンです。これらのうち、はたしてどれが最も効果的でしょうか?
実は循環器病の予防効果という意味では、どの運動パターンも大差ありません。総時間数が大事なのであって、短い時間でもそれなりに効果があるのです。ですので、自分のライフスタイルに合った運動パターンを選んでください。
「じゃあ、時間運動を倍にすれば予防効果も倍になるの?」と思う人がいるかもしれません。しかし、これまでの研究では意外とそうでもないことがわかっています。たとえば「高強度の有酸素運動は週に75分」が推奨されていますが、これを180分/週に増やしても予防効果はまったく変わらないことがわかっています(図)3)。「過ぎたるは及ばざるがごとし」ということでしょうか。もちろん、循環器病の予防のためだけに運動をするわけではありませんので、自分のペースで無理なく楽しく運動を続けていきましょう。
ポイントは「自由に休憩が取れるかどうか」、つまり無理をしないこと。これが誰にでもお勧めできる、健康長寿の運動です。
循環器病を悪化させないための最適な運動とは?
これまでの説明は、健康で元気な人にとっての循環器病予防に最適な運動の話でした。それでは、すでに心筋梗塞などの循環器病を患っている人にとっての最適な運動はどのようなものでしょうか?
心臓や血管に病気のある方は過度な運動によって心不全が悪化するリスクがあります。しかし「ちょうど良い負荷」であれば心不全を予防する効果も持ち合わせます。このような「ちょうど良い負荷」を利用した運動療法のことを「心臓リハビリテーション」と呼びます。これは、病気の種類や重症度、飲んでいる薬の内容、血圧・体重・心電図などの情報、心臓への負担など、多くのパラメーターを基にして導き出される運動プログラムであり、医師が処方するれっきとした保健医療です。初回の検査で心肺機能を計算し、「無理のない、しかし効果的な」運動強度を設定します。具体的には病院内に設置されたエアロバイクを設定心拍数までこぐようなものが多いですが、薬物を使わない効果的な治療(非薬物療法)として、世界各国で推奨されています。
高強度の運動を実施する場合には週3回以上、中強度から高強度の運動を組み合わせる場合は週3~5回、低強度から中強度の場合は週5回以上が推奨されています。週1~2回の運動でも高い運動量を確保できれば健康状態や身体機能に効果があると言われていますが、急激に強度の高い運動を行うことは怪我にもつながるので注意が必要です。
運動をする際の注意点もガイドライン4)に記載されていますので、時間のあるときにご覧ください。
引用文献
1)Parry-Williams G, et al. Nat Rev Cardiol. 2020; 17(7): 402-412
2)Holtermann A, et al. Eur Heart J. 2021; 42(15): 1499-1511
3)Lee DC, et al. J Am Coll Cardiol. 2014; 64(5): 472-481
4)日本循環器学会/日本心臓リハビリテーション学会 2021年度改訂版. 心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドライン